ロシアの近代音楽に相当するのは国民楽派以後の作曲家だが、とりわけスクリャービン、ストラヴィンスキー、プロコフィエフ、ハチャトゥリアン、それにショスタコーヴィチが代表的な存在である。
スクリャービンは前期においてはショパンやヴァーグナーの影響を示す後期ロマン派様式の作品を書いていたが、やがて独自の神秘和音などの技法を発展させて機能和声から離脱し、晩年には無調に到達した。
ロシア革命前後のソ連では、前衛的社会を建設しようとする社会気風と相まってロシア・アヴァンギャルドと呼ばれる前衛的な芸術運動が生まれ、音楽においてはロースラヴェツやモソロフらがスクリャービンの後期の様式をもとに前衛的な作品を生み出したが、スターリン体制の成立と共に前衛的芸術活動は弾圧され、作風の変更を余儀なくされた。
またこの頃ディアギレフが主宰するロシア・バレエ団(バレエ・リュス)がパリで活躍し、多くの作曲家にバレエ音楽を委嘱した。前述のフランスのドビュッシーやラヴェルも、彼らの代表作の1つとなるような作品を残したが、このバレエ団によって世にその名を轟かせたのはなんといっても、この時代にロシア革命を逃れてフランスで活動したストラヴィンスキーだろう。初期三大バレエと呼ばれる「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」を続けて発表するが、3作目の「春の祭典」はあまりにショッキングな作風のため、会場のシャンゼリゼ劇場は演奏中から乱闘騒ぎを起こし、空前絶後の混乱に陥った(ただし、パリ市民の音楽界での乱闘騒ぎは、過去にワーグナーの「タンホイザー」パリ初演などの例がある)。しかし翌年演奏会形式で再演したときには好評を持って迎え入れられ、新たな音楽の潮流として世に認められた。ストラヴィンスキーはその後1920年代には新古典主義に転向し、1939年アメリカへ渡ると、1950年代からは音列技法へ進んだ。
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プロコフィエフは初期にはストラヴィンスキーの原始主義に接近して交響曲第2番、第3番などを書き、また同時に新古典主義様式の「古典交響曲」などを作曲していたが、亡命先からロシアへ帰国した後は、新ロマン主義的ともいえる社会主義リアリズムの作風に進んだ。ハチャトゥリアンはアルメニアの民族音楽と深く結びついた社会主義リアリズムの作風を持つ。ショスタコーヴィッチはシェルシのような即興音楽と深い関係があり、バッハの対位法やベートーヴェンの動機展開なども独特に駆使したが、政治的圧力との戦いによって後に前衛的な手法を放棄または隠すざるを得なかった、運命的に後のユン・イサンやノーノに見られる政治音楽の先駆者でもある。
エルガーのような純粋に後期ロマン派の作曲家よりも後の世代では、「イギリス印象派」とも呼べる作曲家たちを挙げる事ができる。すなわちヴォーン・ウィリアムズ、ホルスト、ディーリアスらである。ディーリアスのみが完全な印象主義の手法で作品を発表しているが、他の作曲家はロマン派との手法が混在している。これに対し、ウォルトンはより不協和で近代的な作風を持ち、さらに後の世代ではティペットやブリテンが重要な存在である。